ECS入門
Ecsonでの開発を円滑に進めるために、ECS(Entity Component System)の基本概念を学びます。
ECSは「Entity Component System」の略称で、アーキテクチャパターンの1つです。 よくデータ志向設計(DOD)と混同されがちですが、根本的に別レイヤーの概念です。 このサイトでは、ECS駆動であるEcsonを使った開発が円滑になるように、ECSについて解説します。
どうやって解説しようかなーと悩んだのですが、OOP、 DOD、 ECSの順番で説明してみます。
OOP
言わずと知れたオブジェクト指向ですが、これはDODの対極ともいえる概念なので、まずはOOPを改めて理解しましょう。 オブジェクトは、「データ」と「処理」をセットにしたモノです。 オブジェクトを中心とすることで、人間にとって直感的に扱うことができますが、実はCPUにとってはそうでありません。
例えば、
#[derive(Default)]
struct User<'a> {
id: u64,
name: &'a str,
bio: &'a str,
age: u8,
friends: Box<Vec<User<'a>>>,
}
impl<'a> User<'a> {
fn edit_bio(&mut self, new_bio: &'a str) {
self.bio = new_bio;
}
} このようなオブジェクトがあったとしましょう。
let mut users: Vec<User> = vec![];
for id in 1..=1000000 {
users.push(
User {
id,
..Default::default()
}
)
} 1,000,000のインスタンスを生成し、ベクタに追加したとして、
for id in 1..users.len() {
if users[id].id % 2 == 0 {
users[id].edit_bio("I like the Rust language");
}
} このような処理を回してみましょう(処理自体に深い意味はありませんが)。
このとき、本質的にはUserのbioを書き換えたいだけなのに、毎回その他5つのフィールドも一緒にメモリから読み込まれてしまっています。
| フィールド | 型 | サイズ(バイト) | 今回の処理に必要か |
|---|---|---|---|
id | u64 | 8 | ✕ |
name | &str | 16 | ✕ |
bio | &str | 16 | 〇 |
age | u8 | 1 | ✕ |
friends | Box | 8 | ✕ |
計49バイトのデータなんですが、この場合8の倍数(56バイト)に揃えるために、コンパイラがパディング(詰め物)を7バイト分入れてしまいます。 その方がCPUにとってキリがよく「気持ちが良い」からだと思ってください。
さあ、もう言いたいことは分かりますよね。 必要なのは16バイトだけなので、28.5%(16/56)しか意味がないんです。言い換えれば、70%以上が無駄なデータを読み込んでいます。
サイズを強調しましたが、ここで一番致命的なのは、bioと次のbioの間に別の不要なデータが挟まっていることなんです。
CPUが連続して処理を行いたいのに、データが飛び飛びになっているせいで、「キャッシュに乗りづらくなる(キャッシュヒット率が下がる)」という現象が起きてしまいます。
DOD
そういった物理的な問題を解決するのがDOD(データ志向設計)なんです。 OOPが「人間ファースト」であれば、DODは「CPUファースト」と言えるでしょう。
もしかしたら、今のあなたはこの構造体を見れば一瞬で理解できるかもしれません。
#[derive(Default)]
struct UsersData<'a> {
ids: Vec<u64>,
names: Vec<&'a str>,
bios: Vec<&'a str>,
ages: Vec<u8>,
friend_ids: Vec<Vec<usize>>,
} そうです、データの持ち方を「構造体の配列」から「配列の構造体」へとひっくり返したのです。 前者をAoS(Array of Structures)、後者をSoA(Structure of Arrays)と呼びます。
さて、以下はAoSとSoAどっちでしょうか?
[u64, u64, u64, u64, u64, u64 ...]
[&str, &str, &str, &str, &str, ...]
[&str, &str, &str, &str, &str, ...]
[u8, u8, u8, u8, u8, u8, u8, u8 ...]
[Vec<usize>, Vec<usize>, Vec<usize>, ...] 続いて、以下はどうでしょう
[{u64, &str, &str, u8, Vec<usize>}, {u64, &str, &str, u8, Vec<usize>}, {u64, &str, &str, u8, Vec<usize>}] 言うまでもないですが、上がSoA(DODのアプローチ)、下がAoS(OOPのアプローチ)です。
このSoA形式で、先ほどの「bioを編集する操作」をしてみましょう。
for i in 0..users.ids.len() {
if users.ids[i] % 2 == 0 {
users.bios[i] = "I like the Rust language";
}
} はい、1対象あたり&str(16バイト)の配列のみを連続して扱う形にすることができました。 間に他の不要なデータが挟まらないのでパディングの無駄も0ですし、CPUは「常にすぐ隣にあるデータ」にアクセスすれば良いので、キャッシュに超絶乗りやすい(ヒット率が高い)状態になります。
ECS
さて、DODの本質を理解したところで、いよいよECSについて見てみましょう。
導入でも言った通り、ECSは3つの要素で構成され、かつ完全にそれぞれ分離しています。
- Entity (エンティティ)
- 単なる「空の箱」または「ID(識別番号)」です。
- Component (コンポーネント)
- 「純粋なデータのみ」の集まりです。
- System (システム)
- 「純粋なロジックのみ」を担当します。
先ほどのDODプログラムを、ECS的な実装に落とし込んでみましょう。
#[derive(Default)]
struct World<'a> {
// コンポーネント群
ids: Vec<u64>,
names: Vec<&'a str>,
bios: Vec<&'a str>,
ages: Vec<u8>,
friends: Vec<Vec<usize>>,
}
// システム(純粋なロジック)
fn edit_bio_system(ids: &[u64], bios: &mut [&str]) {
for (id, bio) in ids.iter().zip(bios.iter_mut()) {
if id % 2 == 0 {
*bio = "I like the Rust language";
}
}
}
fn main() {
let mut world = World::default();
// エンティティを1,000,000作る
for id in 1..=1000000 {
world.ids.push(id);
world.names.push("");
world.bios.push("");
world.ages.push(0);
world.friends.push(vec![]);
}
// システムの実行
edit_bio_system(&world.ids, &mut world.bios);
} ここで登場したWorldというのは、ECSにおいて 「データベース」のような役割 を果たします。
全てのエンティティ(ID)とそれに紐づくコンポーネント(データ)を中央で管理する巨大なコンテナです。このWorldがあるおかげで、システム側は「特定のデータを持つエンティティだけを処理したい!」という要求を簡単に投げることができるようになります。
一言でいえば、ECSはDODの考え方を現実的に扱いやすくしたアーキテクチャなんです。SoAによるパフォーマンスの恩恵を完全に受けつつ、コードの拡張性も高まります。
さらにRust特有のメリットもあります。Rustでは「1つの構造体の一部を不変参照、別の一部を可変参照として同時に借りる」のは仕組み上困難です。しかし、ECSのようにコンポーネントの配列が独立していれば、edit_bio_system(&world.ids, &mut world.bios);のように、配列ごとに別々の借用としてスッキリ渡すことができるのです。
Ecsonにおける E・C・S
EcsonはそのECSをベースにして作られている双方向通信サーバーフレームワークですが、このようにECSとマッピングしています。
- Entity = 接続
- Component = データ
- System = ロジック
内部では、
let entity = commands.spawn((ClientId(id), ClientSender(sender))).id();
connection_map.0.insert(id, entity);
info!("ECS: 新規接続 {id} -> Entity {entity:?}"); このように接続をエンティティへ変換しています。利点は何でしょうか? 私はコンポーネントの後付けで「状態」を表現できるのが最大の利点だと考えています。
例としてInLobbyというコンポーネントを持っていればロビーに居ることが表現できますし、Roomを持っていればあるルームに属していることが表現できます。
例えば「ロビーには居ないクライアント」を対象としたければ、Worldから
Query<Entity, (With<ClientId>, Without<InLobby>)> と、クエリを発行すればいいんです。良いでしょ?
さらに、クリーンアップも簡単です。commands.entity(entity).despawnを呼ぶだけです。
一方で、トレードオフと言うか、弱みもあります。 それは「ロジックをSystem」とすることにあります。
仕組み上、Systemは一定間隔で一気に処理をするので、次のタイミングまでの間隔がレイテンシに直結します。 超高頻度で回せばレイテンシは無視できますが、CPUコストが問題になります。 さらに、接続ごとの独立した状態遷移の表現の容易性も劣ります。
レイテンシについては誤差程度でほとんどのケースでは致命的になりませんが、本当に究極の低レイテンシを求めるなら、Ecsonは選ぶべきではありません。Actorモデル等を検討してください。
改めて、Ecsonはパフォーマンスと開発体験を重視したフレームワークです。 「全クライアントを横断して均一に処理したい」ならこのフレームワークをぜひ選んでください!
次のステップ
- Quick Start — 実際にECSを使ってみる
- Components — Componentの詳細
- Events — Eventシステムの使い方